昭和44年に顔をそろえた土地三法(都市計画法、農地法、農業振興地域整備法)は、制定後30年余に亘り、日本社会を歪めてきた。
この「三法」の改正によって、日本の姿を変え、景気の回復を図れると提言する。
●まえがき 「あと数年でわが国は、自らつくった法律で自らを滅す」
私はこんな唐突な「威し文句」にも似た言葉で書き出しましたが、これはジョークでも何でもなく、私の真心から、全身から、しかも精いっぱいの力をこめて申し上げたというのが偽らざるところです。このような切羽詰まった気持ちで、なぜこの本を書かなければならなかったのか。それは次のようなことからです。
私は、地方政治の場にいましたので、仕事柄さまざまな相談を受けます。7、8年前から土地と建築に関する相談事がよくありました。
「理想的な住宅地であるのに家が建てられない。子供が生まれたので、社宅を出て近くに住む親のとなりの土地(農地)に家を建てたいのだがこれができない。農地の形状を成していない土地を事情あって仮登記までしたのはよかったが、いつまで待ってもどうにも動かせない」
このような相談の数々に、大きな問題意識を持たざるを得なかったのです。これらに関する調査を進めてみると、三つの法律に必ずぶつかります。三つの法律とは、「都市計画法」「農地法」「農振法」というものです。そしてこの土地に関する「三つの法律」が日本列島を支配し、私たちの国民生活を大変な苦しみの中に追い込んでいる「原因法」であるということがわかってきました。
それ以来、私は「土地三法の謎と功罪」ともいえる、この日本列島にかくれ潜む大きな「魔物」の解明に力を注いできました。
「土地三法」は、昭和43年と44年において、関係省の抗争劇をもって顔をそろえ、それ以来、日本国民を食い物にして現在まで生き延びてきていますが、それは今日の歪曲した日本社会と国民不幸の生みの親ともいえます。
その抗争劇とは、30年以上も前の国会で起きたできごとですが、今となっては「誰も知らない謎」の部分です。なぜこんなことが、という私の単純な問題意識は、調査をすすめていくうちに、この「土地三法」は必ずや近い将来、国民不幸を巻き添えにして大変な国家的危機となってその巨大な全貌を現わすと確信するようになりました。しかも、すでに幾つかの「次なる不幸」を生み出しており、それは肉眼にも届く距離となって迫りつつあります。21世紀の初頭において、その順序は別としても、どこからか堰を切ったようにして、国民の苦痛と怒りが「乱」となって吹き出してくる、と断言せざるを得ません。
もはや、この問題は一刻の猶予もなく、国家存亡の危機として受け止めなければなりません。「ある一点」に向かって動いていく権力政治(家)のパラドックスを利用するか国民自身がこのことに気がついて、メディアを中心として世論の形成を行い、国を動かし始めるのか、解決に向かうとすればこのいずれかの道を辿るでしょう。
本書は、日本列島に起こりつつある地滑り的な「国民不幸」への警鐘を鳴らし、この「土地三法改正」をもとにした国と国民生活の立て直しを提言するものです。
子供達とともに、21世紀を「幸せや生きがい」をもって生きていきたい、と考えるのは、国民の総意だと思います。と、同時にこのことは、より安全な国を後世に残すべく国民の「義務」を指し示すものであり、その「使命感や責任感」は、国民各々のうちに秘められたものでありましょう。
しかし、ここに至ってそんな一般論的な悠長なことでは、この病体国家を救い、大事な子供達によりよい社会を残していくことはできません。安全な国の継続が、戦後の歴史において今ほど問われている時はないのです。
高齢化や減反、外圧などで苦しむ農業者の壊滅的な離農は、農業荒廃地の一方的な拡大と、世界に類を見ない食糧自給率の大幅な低下をもたらしています。
ここに、「二毛作人生時代」への対応として、4000万人時代を迎える定年後の「生きがい田園ライフ」や、教育改革の視点から、小中高生の「農業体験学習」の場をつくるなど、社会の枠組みを根本的に改造し、「国民参加型農業社会」を建設することが大変重要な選択肢となっています。
わが国は、ここに至って「新時代の潮流」を読みとれるのか、この21世紀の先端「一点」にしか見えない革命的な、また、運命的な「国づくりのチャンス」を逃がさず、内外の信頼回復をめざすのか、それとも形骸化する不透明な戦後社会をこのまま何もしないで突き進むのか、われわれ国民一人ひとりが`今a真剣に問われている、と声を大にして訴えたいのです。冒頭に述べました「私の思いつめたところ」とは、実はここからきているのです。つまり、時間がなくなってきているのです。
ここにまとめました6年間の調査と研究は、21世紀の先端にある「日本国とその子供達に捧ぐ」ものです。
「21世紀の夜明け」はやってくるのか、私たち国民にその気づきはあるのか、使命感と責任感は見えてくるのか。果して、わが国は何も手をつけることができずに、現行のまま自らつくった法律で自らを滅ぼしていくのか。
選択肢は、二つに一つです。「現行社会容認」か、「新制社会創造」かのいずれかです。そのための、具体的なメッセージをこれから読者の皆様方に送ります。
●目 次
まえがき
序 章 わが国は自らつくった法律で自らを滅ぼすのか
1 日本全土を浸食している「三つの妖怪」
誰も気づいていない「不幸の構造」
都市計画法、農地法、農振法とは一体何か
「Jプラン21」とは
2 「夢」をうばった犯人、国民不幸の元凶とは
国民の自由をうばった「土地三法」
緊急の国家課題の根底にあるもの
「国民不幸」の発祥地だ
3 地方発「日本救出作戦」
変えよう「土地三法」、めざせ景気回復
住宅関連産業が一斉に動き出す
夢があればお金を使う
6年の調査で研究で突き止めた
全国の金融資産は「正しい使い途」を待っている
4 Jプランの提言、日本の選択
第1章 日本の不幸は、30年前にはじまった
1 国民の目に見える景気回復プランを作れ
原因究明と検証が行われない論議
国民の共感をいかに動かすか
総括なき「不の10年」
2 「土地三法」がにらみをきかす二大国土事情
住宅建築や土地の売買が自由なところとは
国民の居住空間は320万ヘクタール、国土面積の8・5パーセントのみ
3 地価高騰の主犯とバブル経済
バブル経済の背景に「土地三法」アリ
急変する農業環境
4 激突する領土宣言――都市計画法vs農地法・農振法
妥協の産物、市街化調整区域
農水省の宣戦布告
農地保全の面的対抗手段、「農振法」の成立
元を断たれた宅地供給
5 土地三法の謎と功罪
八方塞がりと土地ころがし
残る権域抗争劇のゆがみ
6 誰も気づかない「次なる不幸」
不幸の元凶
無関心のツケが回ってきた
7 国民の活力は「原因法」の改正で
根拠の証明こそ問題解決のカギ
国民幸福のための「新法」に変身
8 景気回復と21世紀のグランドデザイン
二大国土事情の大転換と国民幸福の創造
四つの危機と一つの病い
土地規制できしむ日本列島
土地流動化とともに始まる人口流動化
9 国民が振り向く国づくり=景気回復
国づくりの方向と新時代の潮流
経済は「生きもの」、政策の幹枝をしっかりと
10 「二毛作人生時代」における選択肢
第2章 ゆとりある生活空間への出発
1 限界にきた住宅地供給
宅地用面積の実際
狭い生活空間と少子化
あなたの家は危険住宅では
2 逃げ場空間にも「土地三法」の影
3 マイホーム計画二つの厚い壁
宅地を増やすことが先決
優良宅地の供給が景気に直結
第3章 現場を確認、目で見る病体社会
1 「土地三法」の成すところ、この矛盾
2 土地不足で山林へ延びていく住宅
3 山林に広がる宅地開発
4 論より証拠、上空から見た「二大国土事情」
第4章 国民の夢実現「マイホーム作戦」
1 住宅金融公庫廃止論の根本的な誤り
国民の最たる関心事、それは「マイホーム」
公共事業ではもう反応しない
住宅金融公庫廃止の暴論、迷言
2 「先行き不安」は不景気が原因ではない
国民はなぜお金を使わないのか
幸福の買い物、夢の買い物
3 住宅需要『200兆円+X兆円』
宅地供給面から見た住宅需要予測(試算A)
建替え住宅需要予測(試算B)
景気回復へただ一つの道「マイホーム作戦」
4 地方自治体の正念場
10パーセントの拡大で良質な住宅地が出現する
線引きの見直しとは一体何か
5 茨城県の成功、熊本県の実態
故梶山静六氏の言葉
線引き拡大の後に直下型公共事業
「土地三法」で生かされないベストポジション
6 日本のグランドデザインは、国民の共感を伴う土地政策で
「土地三法」と土地利用の現状
眠っていた資金が目を覚ます
「土地三法改正」による新住宅地整備の一石二鳥の効果
第5章 めざめよニッポン、国民は待っている
1 マイホームへの関心と住宅金融公庫廃止論
4年間で116万戸の着工増
ゆとりローンと消費税アップに著しい反応
50万戸新築で補給金5000億円の約5倍が税収
協調融資という実態が忘れられている
2 これからが出番だ、住宅金融公庫
道路公団とは同列に扱えない
裾野が広い経済効果
住宅金融公庫の肩代わりは不可能
不況克服の前線部隊「公庫・銀行・住宅産業軍」
第6章 景気回復への「鍵」と「道」
1 静脈血流経済とは何か
荒廃する農地を活かせ市町村
マイホーム建設へ大きなチャンス
住宅関連産業と静脈血流経済
2 日本を救う一つの「前おき」と五つの「鍵」
3 「直下型公共事業」こそ国を救う国土政策だ
効果のないことが証明された財政出動
「土地三法改正」で30万ヘクタール以上の宅地をつくればよい
三つの直下型を実現させること
第7章 日本農業の「崩壊」を読む
1 統計が示す「日本農業崩壊」の道すじ
3点に示される「崩壊」の実態
自由化の不安に揺れる「食と農業」
2 都市計画法によるダメージ、さらに高齢化が追打ち
都市計画法との運命的な出会い
高齢化による壊滅的な農業離れ
食糧自給率28パーセントの暗雲(穀物ベース)
耕地面積の統計は真実を語っているか
3 農業と食糧こそすべてに優先する有事対策だ
終 章 「土地三法」改正の視点と21世紀の潮流について
●あとがき
国の宝である子供達へ残すべき遺産、それは安全で生きがいや夢をもてる社会です。10年以上も苦痛に耐え忍んでいる国内の国民事情をかたわらに置いたまま、海外援助大国の外観重視路線から脱却できずにいるわが国の国家精神は、悲しいかな一日本人として、「愛国か売国か」の疑念に立たざるを得ません。
多発する青少年犯罪や自殺行為、連日連夜にわたって報道される広範な犯罪ニュースの数々、ビニールハウス日本の象徴、おとぼけ番組のラッシュ……。
日本人としての人格、魂はどこへ消えてしまったのか。その真の原因や発祥は、一体何であったのか。わが祖国日本は、「土地三法」の断罪もさることながら、今「すべての面における反省」から、「すべての面における自立」への方向転換が確認されなければ、「一過性」としての国民不幸の氾濫や政党政治の液状化、および「一過性」の議会制民主主義の崩壊と国家の破綻もさることながら、「大和の文化とその魂の崩壊」という民族の重大な危機に直面すると断言してもいいと思います。
国家を建て直すためには一体どうすればいいのか。その基本的な視点は、次の三点に大別されると思います。
第一点は、領土とする国土事情がどのような実体となっているか。
第二点は、国民の人口と年齢構造およびその志向の実体はどう動いているのか。
第三点は、根本的な教育の見直しを行うにはどうすべきか。
わが国は、この原点に立ち返ってその戦略を描き直さなければ、どうしようもない大きな壁に四方を塞がれたままです。経済大国などといわれる割には実力が伴わず、先進諸国や途上国からの信用の失墜を招いてしまいました。
失われた十年といいますが、ここに至ってなお、あらゆるメッセージは、どれを一つとっても私たち国民の心に希望をもって響くものはありません。
その論議は地に足がついておらず、空中でから回りをしているだけで、何の危機感もなければ説得力もありません。国民は「不の十年」にアキアキしているのです。
それは、一体「なぜ」でしょうか。結論はいたって簡単です。冒頭に書きました国家建設の原点たる三つの視点を見落とし、「日本列島の地」からかけ離れた論議に終始しているからです。日本列島の国土事情と、そこにいる国民の生活事情を掌握していないからです。
しかしながら、そのことの重大さに誰も気がつかなかったというわけではないでしょう。「土地三法」の規制と容易ならざる弊害に漠然と気がついてはいても、説得力のある具体的な根拠とデータをもとに政策の整合性や改善策を引き出そうとしても、ハードルが高すぎるのです。
特に国土問題は、その関係法の解釈がわかりにくいことと縦割り行政によりその全容が見えにくく、国民全体の意識に切り込むには、研究の積重ねや専門知識も必要です。
そこで、この複雑性をなるべくわかりやすくと思い、重複は嫌わず、前後の関係性から必要と思われる繰返しは敢えてそのままにしました。これまで収集したデータ類や予測数字、また全国各地の現場写真類や聞き取り調査などをもとにして本書を執筆しました。「景気回復と21世紀の選択」について、荒れゆく国土を凝視し、「土地三法」の弊害がおよぶ広範な分野の調査に基いて述べて参りました。
戦後社会の終焉とは一体何を指すのか、自由主義の擁立とは一体何を指すのか、新世紀における日本創造とは一体何を指すのか、その「認識の原点」は、「日本人は日本人に帰る」ことであり、今世紀は、わが国の乱れた「原点」を整えるうえで「自立と教育への出発」がその基本的な命題であろうと信じます。
私は、一つしかもたない赤心のうえにたって、このことを願い続けます。
「Jプラン21」の研究と現場調査を進めていくうちに、国民生活や荒廃する農業国土の回復に時間が無くなりつつあることを、私は直感で感じ取るようになってきました。
「危機はチャンス」と考えれば、わが国の再建についてはこの新世紀の初頭、しかもその「先端一点」にしかその機会はない、と繰り返し述べてきました。それを見逃してしまえば、崩壊による国民不幸が残骸となって雨ざらしとなるだけです。
平成13年、私の考えが東京関係者の目にとまり、早く本を書いて日本変革への起爆剤にすべきだとの声が高まり、その期待に応えるべく執筆を急ぎ、ここに出版となりました。
人生の折り返し地点から始まりました私のこの探究は、「なぜ」の二文字に取りつかれたことが、その出発点でした。そして、私の研究の中間的成果を発表した平成10年の秋の竹村健一先生との二度におよんだ対談(農業と定年後対策および教育問題)は、全国より激励を中心とした大きな反響を呼び起こしました。今ここに、一応のまとめとして世に問えることに深い感慨を憶えます。
2002年6月
下田 耕士
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